パンヘッド間違い探し--1--

パンヘッド間違い探し

久々のブログ更新。
今回はまたまた記憶力テストを兼ねてパンヘッドの変化について書いてみたいと思う。

例によって全く調べず書いてみるんで、多分間違いも多いと思うけどあーパンってそんなだったけーと少しでも思えたら幸いである。

また、歴史だの細かい車体回りの変更などはほとんど書かずあくまでも機械的なところで記憶力テストを行う。

前のショベルの所でも後からなんでそんなの覚えているんだとかそんなの覚えているなら自分の年齢も覚えておけ!などと心温まる励ましを頂いたが、こんなこと覚えていなくてもバイク屋はできる。
だがしかし、パンについては細かい変更が割と多く、その度に部品も変わるわ対策も変わる。そんなのやってたら自動的に脳みそに刷り込まれれてしまった。要するに覚えたのではなく半分トラウマみたいなものだと思ってください。

なんとなくパンヘッドって何かおさらい

パンヘッドは1948年から1965年までの17年間ナックルヘッドに変わりハーレーのフラッグシップ?モデルとして君臨したビッグツインのあだ名で正式な呼び名ではなかった。
時は第二次大戦も終わりアメリカも絶好調を迎えようかという時だが、ヨーロッパ勢のバイクの高性能化は凄まじく、ハーレーも世界最速の座を守るために新型の投入が至急命題だった。

そこでハーレーは最新のアルミヘッド(当時)を搭載し、外観的にはオイルラインが表に出ていない流行りのスタイル(あくまでも当時)を取り入れ世界最速の座を守るために満を持してパンヘッドを投入するのであった。

満を持しての48パンヘッド

と、ハーレー乗ってて旧車好きなら誰でも聞いたことがあるんじゃないかと思うパンヘッド初期型モデルの48年モデル、通称で「ヨンパチパン」などと呼ばれているこいつがなぜ数あるハーレーの中でも割と特別視されているかをさらっと書いてみる。

当然パンの初期型だから!ってのもあるが何よりも重視されたのがビッグツインの純正リジット、スプリンガー最終モデルというところだろう。
この初期パン以降90年中頃に登場するエボリンガー(エボ以降につけられた純正スプリンガーの事を勝手にこう読んでる)搭載モデルまでの実に40年近く純正でのスプリンガーは存在しなかった。

また、初期型にありがちな48年だけに見られる仕様などなかなかにマニア心をくすぐる嬉しい(?)装備もそこかしこにあり、今風な言い方をすればカルト的な人気が世界的にあったと言えるだろう。

他にも製造年数が1年、初期型、しかも古く、ぼっこぼこにカスタムされたパンヘッド、などなどネガティブな要素が重なりそれこそ昔からパリッとした純正のもは少なく、レア度はうなぎのぼりでそこも特別視される要因の一つだろう。
さらっと書いたが48が人気なのはこんな理由からだと勝手に思っている。

ちなみに現行のスポーツスターにこの48の名を冠したモデル、フォーティーエイトがあるがパンの48はビッグツインなため直系の先祖とはならない。
それでもわざわざ純正でこの「48」の相性を持つモデルを投入したと言うことはハーレー本社も48の持つイメージを意識して商品戦略に活かしたかったのかなと思う。
でもどーせならビッグツインでやってほしかったなー。

パンヘッド間違い探し--車体編--

てなわけで間違いさがし本編、今回は車体周りからざっくり行くよ。

フレーム

ざっくり分けると多分3種類になる。
まず、初期の48年から純正リジット最終の58年までのリジットフレーム。
でもこのリジットフレームもまた細かく仕様変更してやがって、この年式内でも恐らく3種類ぐらいあったはず。

続いて59年か58年に登場する初の前後サス搭載モデルから採用された通称4速フレームはここから登場。この初期4速フーレムは割とざっくりした作りでリジットフレームの後ろをぶった切って無理矢理スイングアームをつけられるようにした形状をしている。

んで、最終年の65年から登場するフレームがショベル時代の後期(1981年頃?)まで基本的な形をそのままに使われるフレームの登場となる。

パンはこのフレームの変化、と言うより前後の懸架装置(サスの事だよ)により名称だか通称だがが変わってく。
49年から58年までのフロントがテレスコになったモデルはHydra gurride(ハイドラグライド)59年からからの前後にサスが備わったのはDuo glide(デュオグライド)とななる。
こんな感じでサスペンションの仕組みや有無によりその通称名が変わるほど、当時のハーレーとしてはサスがついてくのは革新的だったに違いない。

ちなみに最終年のセル付きパンはElectr agride(エレクトラグライド)となり、セルが付いたのを大々的に誇ったのであった。

フロント、リヤ周り

48年はナックルから使ってきたスプリンガー、49年から最終の65年までは41パイのフロントフォーク。以上!
と、いえるぐらい変わらない。そりゃ細かいハンドルまわりとかちょっとは変わるけど、基本ずっと一緒。ブレーキも変化無し。決して出来のいいフォークでは無いが、なぜか何も変化させずパンヘッド時代を完走しやがりました。

ちなみにこのフロントフォーク、よしゃーいいのに77年までそのまんま使用され、78年になってようやくショウワ製になりまともなものとなる。

その点、リヤはフレームの所でも書いたけど59年だったか(58年だったけ?)にリヤショックがつく。
この際にリアブレーキは油圧化され容量もアップ、格段に進化する。

発電系とか電気系

細かいんでどーかなと思ったんだけど、以後にも関わる重要な変化部分なんで思い出しながら書くよ。

パンってかアーリーショベルまでのビッグツインは今のモデルと違い、発電方式が直流方式だった。(1970年以降のショベルからは交流で発電したものを直流に直して使っている)

また、64年までは6V仕様で、セルがつく65年にやっと12Vとなり現代の仕様に近くなる。

この6Vの発電もまたまた旧態然としたものをひたすら採用して、ナックルからの方式に決別したのは1958年からと実にめんどくさいシステムを10年もつかった。

今でこそバイクの(車もだけど)エンジンかけてしまえばちょうどいい電圧をバッテリーに供給してくれるのは当たり前の時代だが、1957年以前のハーレービッグツイン(サイドバルブとかスポーツはわからん)に採用されていた6Vジェネレーターは乗っている人間が電圧を調整する必要があった。
もちろん一度調整すれば、そうそう変わるものじゃなかったとは思うがそれにしてもめんどくさい。

んで、今のレギュレーター代わりについている装置はカットアウトリレーといい、バッテリー電圧が下がるとジェネレータからの電気を流し、そうじゃないなら切っておくだけのON/OFF機能しか無い思い切ったシステムだった。

当時もそれ相応のトラブルがあったんだろう。Rサスが採用される年にこの方式をやめて、レギュレーターを採用。供給電圧の自動化と適正化を図った。

ちなみに6Vが3Brush(調整用のブラシが入って3ブラシあった。このため通称3ブラシ)をやめ2Brush(調整用のブラシがなくなり2ブラシとなったのでこう呼ばれる)になった次期についてはどうも記憶があやふや。実はもっと早い段階で2ブラシ化していたのかもしれない。興味のある人はBrushの意味も含めて調べてもしくはここで聞いてね♥

パンヘッドの間違い探し第一弾はここまで!次回は多分エンジンに突入…していくと思う。


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